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熟年離婚した私の体験をつづっています。 そしてその後のいろんなことも....






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なぜ起きる?性犯罪
なぜ、女性を性的欲望を果たす「もの」のようにしかみられなく、女性の権利が守られないような事件が起こるのか。

 被害者の痛みがわかるような人間に育てるような教育に学校も家庭も、社会全体がなっていないことがなにより悲しいことだ。

 人を押しのけてまでも、勉強が出来たりスポーツが出来たりしても、人の心の痛みもわからず、傷つけても殺しても自分の感情のはけ口になるさえすればいいというのが、恐ろしい。

 そのような価値観の人が出世し、世の中がそのような価値観で回り始めたら、世の中どうなるのだろう。人を押しのければ何をしても出世さえ出来ればいい人しか生き残れない世の中になるとしたら。

 あのコンクリート詰め事件を思い出す。
 
 88年11月下旬、不良少年らによってわいせつ目的で帰宅途中に誘拐された女子高校生は、両親も兄も同居する犯人のうちの一人の少年宅2階の自室で、約40日間にわたって監禁した上、数名での強姦。
 
 殴る蹴るの暴行、ライターのオイルをかけ点火するなど、激しく執拗な暴力と陵辱を重ね、この少女が隙を見て警察に通報したのが気づかれて、電話を切られ殴打。警察が逆探知、かけ直してきた電話誤魔化され、全員でリンチしライターのオイルを足首にかけ火をつける。
 
 度重なる暴行により、頬が鼻の高さを超えるまで腫れ上がり、目の位置が分からないほどになっていた。

 脱出の気力さえ失わせ、ついに死に至らしめ、死体をコンクリートに詰め遺棄した事件。

 監禁を知っていたのは100人にものぼり、レイプに加わったのは10人にもなるのに、別件で逮捕されるまでこのことは知られなかった。

 一審の東京地裁の判決文では、事件をこう表現している。

 「女子高生に対する一連の事件は、犯行の態様が、被害者を長時間非行集団のたまり場に、ペットのように囲い込み、集団の性的いじめに始まり、想像をはるかに超える暴行を繰り返したことにより、同女が醜く変わり果てるや、次第に「もの」のように扱い、食事も満足に与えないで放置しながらいじめを度重ね、身勝手にも、疎ましい存在として被害者への憤怒をつのらせた挙げ句、ついに同女をなぶり殺しにした。」

 被害者の母親は、一人娘が死に至った詳しい経過を聞かされた後、精神科に通院治療を受けることになった。

 少年たちは、本件の女子高生に対する犯行のほか、2女性についての婦女暴行や、後輩へのリンチ、総額約220万円にのぼる店舗荒らしやひったくりでも起訴。主犯格以外は出所。

 あの綾瀬のコンクリート殺人事件の準リーダー格だったAは、強姦、殺人、死体遺棄のほかに余罪として障害、強盗の罪状も加わったが10年たらずで出所、だが、あの事件から15年後に、再び監禁及び障害容疑で逮捕された。

 両事件とも女性に対する身勝手な行為がそもそもの出発点でその延長線上にある独占欲、嫉妬心。そのような満たされぬ感情の犠牲にこの高校生はなったのだ。

 あれほど残忍な事件で少年法がなければ死刑もまぬがれなかったはずなのに、反省がなにも生かされていないことにも驚くばかりである。

 この女子高校生は、助けを求めながらも誰にも助けてもらえず、集団でのレイプやいじめられながら、息絶えるまでどんな気持ちでいたのだろう。

 少年は誇らしげに語り、かわるがわるやってくる少年少女にレイプやいたずらをされ、100人もの人が監禁を知りながら、集団でいじめに加担し、誰も助けない。

 みんなで一人の少女が苦しむのをゲームのように楽しむ、これが集団の恐ろしさである。そして死ぬまで見届けないと気がすまない。

 みんな自分の身を守ることに追われ、加担するようになる。
 
 程度こそ違え、このような性的被害にあう女性はかなりいて、そしてこのような被害にあった女性が心身ともに傷が癒え、このことを語ってもフラッシュバックに苦しめられることなく人生を送れるようになるのには、長い年月と周囲の理解が必要だし、語ることは、相手が組織ぐるみ、集団であればあるほど、語ることにより、我が身や家族に何か及ぶのではないかと不安になるものである。

 集団でのリストラなどで追い詰められることは「モラハラ」や「歪んだ自己愛上司」のところに書いた。

 「男の方が偉い、だから何をやっても許される」「女のくせに」との意識が男性の心のどこかにあるなら、まずはそれから変えないとこの種の事件は後をたたぬことだろう。
  
 私自身いまだに傷はいえないが、フラッシュバックに悩みながらも、やっと徐々にではあるが、回復しつつある。
 
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女がいなければ男は生まれない
日銀に行ってみて、こういうところで総裁をすると庶民感覚などわからないだろうなと福井総裁のことを考えてしまう。だが、逆にこういう所の総裁ほどお金に綺麗でいてもらいたいと思う。

 私が勤めていた某私立高校では、理事長印のない鉛筆書きの退職届を無理矢理認めろと事務長が自宅に押しかけたりする不合理がまかり通る学校だった。

 私が大学の理事長推薦でこの学校へ来た時、先生方は皆仲がよくどこにもないぐらい良い学校だったのが、共学普通科・中学校を設置する頃からおかしくなり始めた。
 
 校内のことを熟知している校長と教頭が公務を取り仕切っていた頃は、校内も落ち着いていた。

  理事長は代々損保会社長がなっていたが、商業高校から普通高校になったとたん、管理職同士の勢力争いが始まり、学校が教育の場から儲け主義へと変わり、管理職(7?8人はいた)はボーナスカットなしなのに一般教員はボーナスカットされたり、女性教員をいじめに近いかたちで追い出したりし始めた。およそ商業科のときの社会人として恥ずかしくない人になろうという教育はなくなった。このことは、「夫との再会」のところですでに書いた。

 そして、いつも「へぇ、女のくせに」と女性をさげすんでいる男性教員Mは、あれよあれよというまに出世して、今や校長をねらう地位にあるらしい。

 こういう男は、上に媚へつらうことにだけたけていて、特に相手が企業の経営者となると、今まで自分ではほとんど仕事をしないで部下まかせにしていたのが、取り入ろうとするために、急に善人ずらして仕事をし始める。

 それまでぴったりついていた上司に出世の見込みがないとわかると、すぐに他に変わる変わり身の速さも驚くほどである。自分の出世が何より大事なのだ。

 「歪んだ自己愛上司」のところに書いた。

 性的には、変態で、女性をモノのようにしか思っておらず、女性を踏み台にして出世してるくせに、レイプした被害者のことを加害者のようにふれまわり、自分の出世の邪魔になるものは、あらゆる手段を使って排除しようとする。レイプして加害者意識もなく、女性を支配しようとする。自分の出世のためにするのだ。


 学校もそれに加担していれば、政党・警察・マスコミなどすべての機関を利用してでも不都合な者の口を封じようとするだろう。一学校のことなのに世間を巻き込み口封じをはかろうとするだろう。私になにかあれば、すべてはあの学校とM教諭によるところだろう。何が起こるかわからないので書き記しておく。これは、組織犯罪のように思う。

 あらゆる政党・宗教団体などを使い、女性のプライバシーを加害者に都合のよいように暴きながら、自分の犯罪は隠そうとする。個人情報保護など何もない。すべては、自分の出世のためである。このような女性の敵だけが、女性を馬鹿にしながら居残れる学校となり果てた。

 仕事を辞めて、退職金の額があっているのか、問い合わせたくても、政党に入ったこともなければ、労働問題など自分に降りかかると思ったことなどなかった私にとって、頼るところなどなかった。

 私は祖父母に育てられたが、祖父は大学の常任幹事や高校の理事長をしており、育った家庭は自民党の保守的な家庭で、労働者とは逆の立場であった。

 私は母に職がなかったために、離れて暮らさなくてはならず、いつか経済的に自立して母の二の舞は繰り返さないようにと思い、その頃男女平等だった教員になる志を持った。

 教員になって二年経ってためた貯金で一人暮らしをはじめたが結婚する気もなく、仕事一筋でいこうと思ったが、出会った元夫の「これからの時代、女性も働いたほうがいい」との理解のある言葉にこの人だったら共稼ぎでもやっていけるかもしれないと結婚を決意した経緯がある。

 元夫や夫の両親は私の家庭とは正反対の一番左よりのある政党に所属していて(私自身無党派でずーときた)、この政党は労働問題にこそ頼りになるのではと思ったが、教えてくれたのは夫の勤める会社の社会労務士の電話番号だけだった。この時以来、私はこの政党だけは絶対認めたくない。

 その事務所にかけても受付の女の子が出るだけで、「退職金出るだけいいです。」と言う。

 私学共済に電話しても、「ここでは教えられないから学校に聞いてくれ」と言う。学校に再度電話して「鉛筆書きで理事長印がない書類なので、退職金の額が合っているかどうか計算書や明細書を送って欲しい。」と言うとN事務長が、「私学共済に聞いてくれ」と言う。私学共済から学校に聞くように言われた旨を伝えると、計算書は送られたがあいかわらずの鉛筆書き。

 この頃には疲労もピークに達していた。疲れ果てているところにいきなり認めろと乗り込んできた。理事長印のないような書類がなぜ認められるかと思いながらも、身の危険を感じ、認めざるを得なかった。

 家事・育児・仕事に追われた私の26年の教員生活の幕が下りたのだ。

 それからは、働く娘がいざ私と同じ目にあったときのために、国会へ傍聴へ行ったり(これも頼る議員などないから各政党にメールを送り紹介議員になってもらった)、女性の政治教室に参加したり、シンポジウムや講演会を聞きに行き、NGO活動にも参加してみた。

 日本の市民運動が、政党に利用されたり、非常に難しいこともこの頃になるとわかってきた。

 日本では、女性や性的被害者の人権は認められず、殺人者には弁護士もつき人権も守られるが、被害者はその人権すら認められない。

 今だに「おれがやめるとしたら女のことだな。」と意図的な犯罪をにおわすMやNが教育に携わるところにいると思うとぞーとするが、このような学校だから非情に生き残るのかもしれない。

 企業の経営者が人を見抜く力があればとっくにこのような教員はいないはずだ。

 道を踏みはずしても勝つためには、命令されれば何をやってもいいというようでは、それは既に教育する場ではなくなっている。

 勉強ができても、スポーツが出来ても傷つけても何とも思わないような人間に育てる学校になっているとしたら、眼を覚まして欲しい。

 そして、男はどんなに威張ってみても、女がいなければ生まれないことも書き添えておく。

 これといった政党にも宗教団体にも所属したことのない私だが、自分に恥ずかしくないような生き方をしたいと生きてきたことを誰かはわかってくれていると思う。

  どんな政党でも心ある議員はいるはずだし、どんな団体でも団体の利益のために犠牲にしてなど成り立たないはずだ。


 だまされるのが悪いのではなくだますほうが悪い。

 誰もが一生懸命生きている女性の尊厳を汚すことはできないはずである。

 
 ずるしないでまじめに生きているあなた、女性も男性もいっしょにがんばりましょう!
 


家事しない夫、あきらめる妻(少子・晩婚問題)
今朝の朝日新聞に「家事しない夫(妻常勤でも2割→家庭動向調査)・「あきらめる妻(帰り遅いから)」の記事があり、興味深く読んだ。下記データー(注1)をあげるので、参考にしてもらいたい。
 
 また、読者投稿の「声」の欄に「母親業に手当て・育児を職業に」という43歳主婦の意見が寄せられていて、「政府の少子化対策は目のつけどころがちがう。子供が少ないのは、母親業が敬遠されてるからで、育児休業を育児就労とし、「母親業手当」として国から給料をだしてもらう」という具体的な提案があった。賛否はあろうが、このように多くの人が議論し、それが政策に反映されることに意味がある。


 「子どもが急病 でも休めない」

 子どもが病気になっても仕事を休みにくい実態が、夜間や休日の小児救急外来に訪れた家族を対象とした厚生労働省研究班の調査でわかった。我が子の病気を理由として、休んだり早退したりすることに、職場の理解・協力を得にくいと感じている人は3割を超え、不満や不便を感じていない人を上回った。

 また、上記記事についても、注2にデーターをあげておいたので、参考にしてもらいたい。

 少子化問題は、ただ、子供を出産すると手当をいくら出すという経済面にのみ解決策を求めるのではなく、子育てすることを男女の問題として社会的な見直しを高齢者問題とあわせて、与野党充分に議論を尽くし、社会制度として、場当たり的でない社会構造の問題として、考えるべきである。


「少子化と晩婚化について」

 厚生労働省の人口動態統計の年間推計によると、日本に住む日本人の人口は2005年に初めて減少に転じることが報告された。そこでイー・ウーマンでも、イー・ウーマンリーダーズへ「少子化・晩婚化」に関する調査を行い、1,269名から回答を得た。

2006年06月07日
【6月第1回】子どもは仕事にプラスの影響?
 「子どもをもつことが、あなたの仕事に影響を与えますか?」と聞いたところ、「プラスの影響」と答えた人は56.2%(前回比+4.6ポイント)であった。一方、今、子どもがいない女性たちが、仕事に「プラスの影響」を与えると考えているのは38.2%(前回比+3.5ポイント)、「マイナスの影響」は54.9%(前回比?6.8ポイント)であった。

 子どもがいる、いないで仕事への影響の考え方が大きく違いがあるのは前回と同じ傾向である。ただ、前回の調査よりも子どもがいる、いないにかかわらず、「プラスの影響」であると回答した人の割合が増えている傾向が今回の調査ではあらわれた。[表1]


●表1
子どもをもつことが、あなたの仕事に影響を与えましたか?
プラスの影響 56.2%
マイナスの影響 36.4%
影響なし 7.4%
子どもがいない方は、子どもは仕事に影響を与えると思いますか?
プラスの影響 38.2%
マイナスの影響 54.9%
影響なし 7.0%

〈調査概要〉

調査実施:2005年12月8日?13日
調査方法:インターネットによる自記入式アンケート
回答者数:1,269人
対象:イー・ウーマンリーダーズ
家事しない夫、共働きでも2割
2006年06月09日23時07分
 妻がフルタイムで働いていても夫の2割はまったく家事をしていない――。こんな実態が9日、社会保障・人口問題研究所が発表した「全国家庭動向調査」でわかった。
妻がフルタイム就労の場合の夫の家事負担割合調査は03年7月、約1万4000世帯を対象に行われ、各世代の妻からの回答7771人分について分析した。

 夫婦の家事分担について、妻がフルタイムで働いている世帯では、夫がまったく家事に参加しない世帯の割合は20.6%にのぼった。1割以下しか分担していない世帯を合わせると全世帯の約半分に達した。

 専業主婦世帯では妻への依存度はさらに高く、35.3%の夫はまったく家事をしていなかった。

 育児では、子どもが1歳未満でもっとも手がかかる世帯でも、半数以上の夫が1割以下しか育児を分担しておらず、まったく育児に関与しない夫も9%いた。夫が育児に参加する割合が高いほど、妻が第1子を出産した後も仕事を続ける割合が高い傾向があった。

 意識面では、「夫も家事や育児を平等に分担するべきだ」とした妻は82.8%で、前回より約6ポイント増えた。夫が役割を果たしてくれることを期待する妻は逆に約41%と、前回より6ポイント以上低くなっている。

 夫の帰宅時間は遅くなっており、特に子育て世代でその傾向が強い。20歳代の妻の夫の21.6%、30歳代の妻の夫の25%が午後10時以降に帰宅しており、いずれも前回の調査よりも5ポイント近く増えた。一方、20歳代の妻の夫で午後8?9時に帰宅するのは15%と、前回よりも約4ポイント減っている。「長時間仕事に拘束される夫に家事・育児の分担を求めるのは無理」という妻の側のあきらめもあると見られる。


この記事の関連情報
〈BOOK〉ワーキングママ応援ガイド [編]主婦の友社
ワーキングウーマンの意識調査「私のミカタ」



(注2)
子どもの病気に対する職場の対応


 調査は今年1月23?29日に、全国の67病院の小児救急外来に訪れた5964人から回答を得た。0歳児が最も多く、3歳までが半分を占めた。

 子どもの病気を理由に、仕事を休んだり早退したりすることに職場の協力・理解があるかどうかを聞いたところ、「ない」「あるが、自分としては休めない」とした人は、計32.8%に達した。「十分にあり、不満や不便は感じない」は22.6%。無回答は44.6%だった。

 「通常時間帯に受診できない」としたのは15.2%の909人。この人たちに、職場の理解・協力について尋ねると、「ない」が22.4%、「あるが、休めない」が56.3%で、休みを取れないと感じている人は78.7%だった。「不満や不便は感じない」は14.5%だけだった。

 昨年4月に施行された改正育児・介護休業法により、企業など事業所は小学校就学前の子どもを持つ親に対し、年間5日までは看護のための休暇を認めることが義務づけられた。だが、それまでは努力義務だったため、厚労省が04年に事業所約1万カ所を対象に実施した調査では、休暇制度を導入しているのは26.5%にとどまっている。

 小児救急調査を担当した渡部誠一・土浦協同病院小児科部長は「通常時間帯の方が、救急よりも良い医療を受けられる。子どもが病気になった時に休めなければ、少子化社会のなかで貴重な子どもたちを大切に育てられない」と話している。



女性の過去・現在・未来
女性天皇の論議が国会でもされているが、初めての女帝、推古天皇が出た頃は、卑弥呼や天照大神に象徴される太陽神、部族の統率者や祭政の双方に主導力を持っている女性の存在がまだ肯定されており、また、男が女のもとへ通う結婚形態からそこで生まれた子供は母のもとで育ち、名前も母のほうの名前を冠する(大化の改新頃までは)ように、結婚生活も女を中心に、つまり母親を中心にして動いていた時代であった。

 だから、女性天皇も男尊女卑的な儒教精神が根強かった近世の封建時代よりも自然に受け入れられた。多くの女帝も出てきたのだが、大化の改新以降、中国の律令制度を取り入れたころから、儒教的な倫理観、夫婦観、結婚観によって規制された男尊女卑的な中国の風習が制度として根づいてしまい、女帝の出現も奈良時代で終わり、日本の古い風習も失われていく。

 飛鳥・奈良時代に多くの女帝が出たのは、古い時代の女性の家庭における地位や社会における発言力など、いきいきとした女性の姿が政治面に現れ、女性が政治史、社会史の中で、ある一定の意味を持って評価された時代だったといえる(杉本苑子著「日本女性史」).


 それでは、現代はどうであろうか?日本の近代化は、民主主義は、日本の長い歴史の中で培われてきたものであろうか?鎖国による閉ざされた時代は、それゆえに日本独自の文化を生みだしていったことも事実であるが、鎖国が解けてまわりの国々を見回してみると、蒸気機関車が走っていたり、あらゆる分野においてその遅れに驚くばかりであった。この文明開化の頃から日本はまさに、西洋に追いつけ追い越せと、急速に高度成長を遂げて行った。

 だが、どうしても近代化や民主化が西洋のものまねからはじまったことは、否めない。洋服を着、パーマをかけ、椅子にすわりというような生活が、つまり今までの生活をさらりと捨てて、西洋の生活と同じ生活をすることが、近代化、民主化であるとの錯覚を持ちながら、それに順応して行った。留学により、外国へ出かけて行った女性は、女性の権利や人権を獲得するために、自由民権運動が渦巻いていく時代の流れに乗り、政治に教育に、行動しはじめた。

 今の日本は、戦後の混乱から立ち上がり、何もかもが間に合わせからスタートしながらも見事高度成長を遂げ、経済や文化的水準においても世界中のどこの国にもひけをとらないほどの先進国となったが、ここにきてそのあり方を問われている時代にさしかかっているともいえる。少子化という問題は、これからの日本の進むべき道を、政治、経済あらゆる面から問い直さずにはならないことを示している、それほど重要な問題といえる。

 根本的に、核家族化した現状での子育ての具体的な支援政策をたてるべきであり、それは、中身を抜きにした民間委託や、保育園と幼稚園の統合などという安易な方法によってのみ解決したと思うべきことではない。







夫婦で子育て
 日本て子供は、おじいちゃんおばあちゃんもいる大家族の中で、母は嫁として舅、姑につかえるようにして子を育てるものだという歴史があり、世の中の社会構造もなんとなくずるずるきちゃったように思える。それがいきなり核家族になり、今まで子守をしてくれたお年寄りにとってかわって、保育園の0才保育、託児所、ベビーホテルが必要となった。

 電気製品や外食産業の発達や冷凍食品などの開発がなければ、女性は外で働くことはできなかった。内にこもり、家事と育児だけをこなすことにのみ価値が見出されてきた女性が、男性と肩を並べるようにして仕事ができる時代とはなったが、国全体で具体的な見直しがどれだけされているのかは疑問である。

 男女共同参画大臣が、少子化対策として、結婚しない男女に見合いをさせることを提案していたが、そんなことぐらいしか具体的な案がでてこないのが嘆かわしい。日本の政財界に君臨する大臣や男性に、夫婦で働きながら、子育てを経験してる人はほとんどといっていないのではないだろうか。逆に言えば、男が共稼ぎで育児時間や育児休暇をとっていていられる職場は限られているといえる。出世の道はまずとざされていると言っても過言ではないどころかそんなことをしていればリストラの対象にすらなりかねない。世の中の流れに政策やシステムが追いついてないとも言える。その結果の少子化である。

 国によっては、子供を出産すると夫も1ヶ月ぐらい育児休暇をとり、夫婦で子育てをするところがあると聞く。私の、上の子のときは、産前産後6週間、下の子のときは、産前6週、産後8週間だった。産後6週といえば、まだ夜中の授乳があり、昼間の仕事の激務と帰ってからの家事に追われ、夜も眠れない。産前の子供が生まれることをひたすら待っていた頃とくらべると、精神的にもやすまらない。

 頼りの夫は、子供がうまれると同時に会社の帰りにそのまま飲みにいくことがほとんどで、子供をお風呂にいれてくれることや、遊んでくれることはあっても、それもいつも必ずというわけではない。つまりあてにならない存在と化していく。

 子供を生んだ母親は、仕事をしてなくても、一日中子供と向き合って気の休まると時がない。仕事では、「子供のことで休むなんて」とか「病気なのに母親がみてやらないなんて」とか、聞こえよがしに言う陰口にも耐えねばならない。こうやって子育てはかなりの母親への精神的負担を強いることになる。

 「ダビンチコード」でキリストの目指していたのは、男中心の世の中でなく、結婚した普通の人間としての男性と女性が調和した世の中であったという。日本でも、女王卑弥呼の時代、あるいは「古事記」などの神話の時代、女性はもっと伸びやかで自由でいきいきしていたように思われる。命を誕生させることのできる畏敬の念を払われる存在から、血を流す不浄な存在と位置づけられ、いつのまにか何をしても、男性以上に仕事をしても、認められることが難しくなった。

 日本の民主化は、この女性の権利を認めることから始まったといってもよい。参政権の獲得など、今となれば当たり前のことでも、そこには女性の権利獲得の歴史があった。 

 




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