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熟年離婚した私の体験をつづっています。 そしてその後のいろんなことも....






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初めての交通違反と日銀で罰金を払って
 仕事に行く友達とランチタイムを過ごし、送って帰る途中のこと、交差点で停車していて右折の赤に青の矢印信号が出て、前の車について出たところで、矢印が消えていることに気づいたが、交差点の中で止まれないので、そのまま進行。無事曲がり終えたところで、いきなり笛を吹いて自転車に乗った警察官に追いかけられ、停止を求められた。

 「赤信号無視」というのだったが、何より驚いたのは、どこにも逃げるおそれのないのに、乗っていた自転車を私の車の前にいきなり倒し、放り出し、乗り捨てた状態で、応対することだった。

 今どきこのような警察官がいるのだろうか。

 環七と第一京浜という交通量の多い交差点の信号すぐのところに停車するということは、交通の妨げになることは誰でもわかる。

 「こんなところに止めていいんですか?」という私に、「ああ、いい!」と答えるものの、後ろを振り返ると、渋滞になりつつある。

 「信号から離れて移動しないと他の車に迷惑になりますよ。事故がおきたらどうなるんですか?」と言うと、やっとまずいと気づいたのか「前に出て」というので言われた所で止めて、質問に答えたり、交通反則告知書を書くのを待っていると、今度は、左から道路に入ろうとする車を妨げていることに気づき、「ここにとめるとあの車がはいれなくて困っていますよ」との私の指摘に、やっとまた気づいたのか、「前へ出して」と再び移動。

 この間、エンジンを切るように言われて停車してから、移動するたびにエンジンを掛けたり切ったり、いい加減そのもたもたぶりにあきれていたのだが、「信号無視は2点なんで、あと1点で講習です」と言う。

 「どういうことですか?」と聞き返すと、「免許とったばかりでしょ?免許とったばかりは3点なんです。」と言われ、内心「免許証のどこ見てるの?」と思いながら、「もう1年たっていますけれど」と言うと、免許証をまじまじ見つめ、「あー勘違いだった。17年にとってるんですね。18年かと思った」

 「あなた本当に警察官?」とのどまで出かかったのをこらえた。もたもた、たよりないこと。この時には立場はすでに逆転したようで「どちらかというと私のほうが職務質問しているようだった。

 あとからかけつけたもう一人の警察官が状況判断できる警察官だったから(でもこれが普通)、この警察官が倒した自転車をすぐに起こし、車道から歩道に移動。邪魔にならないところに止め、すぐに渋滞した車の交通整理をし始めた。

 この人がいてくれたから私は警察不信にまでならなかったものの、取り締まりとはいえ、つかまえることのみにしか頭がまわらず、全体を見まわす能力のない人ほど講習でも受けてから現場に出て欲しいと思った。

 前の車について出て、途中で矢印が消え、赤信号だけになっていたことに気づいたので、「対面が青になっていた」と言われるけど、止まっていた車はどの車も微動だもしなかったから、青だったら動き出しているはずなのにといぶかりながらも、まあそこのところははっきりしなかった。

 冷静になって考えれば、運転教本には、「交差点ですでに右折している車や路面電車は、右折方向の信号が赤でもそのまま進むことができます。この場合、その車や路面電車は、青色の灯火に従って進んでくる車や路面電車の進行を妨げてはいけません。」とあるように、少なくとも右折しているとき、左で停止している車はどの車もうごきだしてはおらず、進行の妨げにもならず、スムーズに曲がり終えた。

 まるで、よっぽどの犯人を検挙するようにされる覚えはないのだが、初めて違反だと言われたときは何が何だかわからず、要領を得ない答えをしてしまった。

 信号に入っていたとき、すでに矢印消えていたのかな?とはっきりせず、思わず「ごめんなさい。」と誤り、それでも何かどうも納得できず、「あなたたち二人でいたからいいようなものの、あなた一人だけだったら交通は混乱してたでしょ。後ろ見てごらんなさい。取り締まるのなら安全な場所に誘導してもらわなければ、渋滞を招いたり他の車の迷惑になるでしょ!」と言わずにはいられなかった。

 私の車が出るときは二人の警察官は、後ろからくる車をすべて止めて
丁重に送り出してくれたが、どうも捕まえてみてあてがはずれ、失礼したという様子であった。

 「あーまだ警察官になったばかりでなれないんだ」と自分に言い聞かせて、帰って交通反則告知書を見てびっくり、交執係 巡査長とあった。

 ネットで調べてみると、巡査長は名誉職とあった。これって何だろう。

 私から見ると巡査長の方が素人で、あとから駆けつけた警察官の方がよっぽど真面目に仕事に取り組んでるベテランのようにみえたのだが。

 反則もだが、それよりもなんだかいい加減な人にあたってしまったことにショックを受けたが、それにしても安全週間とかの取締りのときは、テントが出て、安全な場所に誘導されての指導だが、ここのところポイント取締りと称しての取り締まりはあれっと思う事が多い。

 金曜日に納付書を渡され、土曜・日曜は銀行も郵便局もお休み。月曜日早速反則金を払いに行くことにした。

 納入場所は、日本銀行本支店、全国の銀行、信用金庫の本・支店、郵便局、とある。

 どこにしようかと思ったが、日本銀行とあるんだからと、日銀本店に行ってみることにした。

 納付場所としてまず日本銀行本支店、代理店又は歳入代理店とある。都市銀行や郵便局、信用金庫は歳入代理店にすぎないのだから。

日銀は昔からの古びた建物だとは思っていたが、私は正面に玄関があり、普通の銀行のようにだれもが自由に出入りできる銀行を想像していた。

ところが正面にまわるとここは旧館になっていて、どこにもオープンな入り口がない。立っている警察官に尋ねると、「見学ですか?」と言われ「お金を支払いたいのですがどこへ行けばいいですか?」というと「それは裏(北の入り口)です。ぐるっとまわって!」というので言われた通り行ってみた。

 裏は新館になっているが、どこにも入り口らしきところがない。立っている警察官に「どこからはいるのですか?」と聞くと、「国庫入金ですか?それはここから入って」と言われ、現金輸送車が通る広い入り口の隅の通路を通るとやっと入り口らしきところがあるのだが、どう見ても普通の銀行とは違う。

 その自動ドアの入り口を入ると、飛行機に乗るときの荷物検査のようなのがあって、そこにハンドバックを通して、「26番に行って」と言われ、さらに進んでいく。

 議員会館や国会へでもいくみたいで、何か場違いなところへ来てしまったと思い始めた。

 「こんな所にたった9000円の罰金払いに来る人なんかいるのかな?」と不安になりながらも、天井が高く荘厳なその空間に圧倒され、同じ銀行でも都市銀行とはえらい違いで「銀行で働くならこういうところかな?」、それにしてもどこを見てもテロに備えてか、警察官はいるが、一般客がいないのに驚いた。

 26番窓口に行くと「警察官が納付書に書いた数字が9なのかはっきりしないので、問い合わせて確認しますがいいですか?」と聞かれ、「どうぞ」と答え、行内を眺めながら待っていた。


 裏から現金輸送車が頻繁に入ってきて、きっと見たこともないようなお金が処理されていくのだろうなと、働く人々を見ながら思い、無事国庫金として9000円なりの罰金?を納めた。

 外へ出ると、帰りには、あの警察官に対する不信感も、「初めて日銀にいくことができたのもあの警察官のお陰かな?」と思えるようになっていた。

 友達から、「今警察はノルマを課し、裏金をつくるために必死で検挙している。」と聞き、事の真偽は定かではないが、同時に国庫に直接入金したことで、この罰則金?(今でも多少の疑問は残るが)が、巷で噂されてるような警察の裏金になど使われていたら絶対許せないと思った。

 払った以上、私達は税金や国庫金の使い道を監視すべきだし、税金で雇われている公務員が、国民のために仕事をしているかどうか、見極めなければならない。
 

 
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雑談
 暑くて、ペットと冷房のきいた部屋へ避難し、こもりっきりの日が続いています。何でこんなに暑いんでしょうね?

 昔は、道路も舗装されてなくて、雨の降った日にははねがあがって歩くのも大変だったけれども、土が太陽の熱を吸収して、地球そのものはこれほど暑くはなかったような気がします。

 部屋にいて、暑さをしのぐことはできるけれど、部屋の中が涼しくても、熱気は外へ排出してるから、ビルや車から一歩でると、ムーとしたあの暑さに耐えられないので、結局、どこもでないでこもりっきりになるのです。


 子供の頃、縁側で西瓜をほおばったり、蚊取り線香に団扇、風鈴、蚊帳をつって寝たのも懐かしく思い出されます。夏休み、朝近くの農家へ野菜を買いに行くのは、いつも子供の仕事で、買い物籠を提げて、出荷できないような曲がったなすやきゅうり、トマトを買いに行き、農家に近づくに連れて、ぷーんと野菜の匂いがして、帰って買った真っ赤なトマトを水で冷やしてからかぶりつくと、青臭い香りがしたものでした。

 
 この頃、この野菜の青くささが無性に懐かしいのです。一年中いつも季節を問わず野菜が売られていていつでもたべられるようになったものの、きれいだけれども、どの野菜も何の香りもなーんにもない。今の子供は、どうやって野菜がつくられるかも、いつの時期何がつくられるかも知らない。

 息子が、高校の体験学習で北海道の農家に泊り込み、農作業を手伝った時、収穫のあまりの大変さに、それまで残していた野菜も、残さずたべるようになり、何か育てた野菜がいとおしくおもえるようになったみたいです。大学のボランティアでも鹿児島で菊の花の栽培を手伝って、これまたあまりの忙しさに、育てて採り入れる労働の大変さが身をもってわかったようです。

 今でも、お世話になった方々の所へ、また訪ねたいと言っています。これって学校だけでは、学べない貴重な経験です。

 私は受験教育そのものを否定する気はないのです。ある時期目標に向かって勉強することは必要だし、ましてや将来職業に就くためにどうしてもくぐりぬけなければならないハードルもある。それによって覚えられた知識もある。ただ、何もかもの価値基準が、受験勉強だけになったり、それだけが教育だとなることを危惧するだけです。勉強ができるかどうかだけで人を判断するスケールしか持ち合わせなくなるということがこわいのです。

 世の中便利になって、却ってなくしたものがあるような気がします。義理とか人情とか、日本人のまじめさや努力や辛抱づよさ。戦後の60年、日本は急激に変わってしまったのですね。

 


 

庶民感覚
 仕事・家事・育児といつも何かに追い立てられるように生きてきた私も、大学生の息子は小遣い稼ぎに(学費以外の小遣いは自分で稼ぐため)週に3日は学校帰りにバイトに寄り食事も済ませて帰りは夜の12時過ぎ。娘も仕事で帰ってくるのは11時過ぎと、自分に使える時間はたっぷりある。ただし、時間はたっぷりあるが、お金がないのは悲しいが。

 離婚して収入が減ってみて気づくこともある。生活必需品以外は無駄遣いはしなくなる。おいしいお菓子があっても、いままでなら買い物かごへいれてしまうところを、ぐっと我慢する。食料品も安い日にまとめ買いをするようにする。

 
何しろ今まで給料が定期的に入っていたのに、それがなくなるからできるだけ節約しなければならない。電気代がかなりかかっていて東京電力に相談して、一週間データーを取り、契約コースを変えたら、年間2万の節約になることがわかり、メーターをとりかえてもらった。できるだけ電気料金の安い時間帯に電気を使用する生活にも変わった。


 銀行口座から、それほど必要もないのに引き落とされているようなものはやめることにして、整理・見直してみると、今まで無駄がかなりあったことに気づく。とにかく貯金の残高が減るのを防がなければならない。こうした生活の知恵は、やりはじめると案外楽しい。

 
 仕事をやめ、離婚もして、ストレスもなくなるから、気持ちはぐっと楽になる。離婚前にお金を払いこんでいた習い事に再び通い始めそれから何をしようかと、お金のかからない楽しみ方をひそかに思いめぐらしている。

  
 このような節約や、仕事・育児・家事のストレスを身を持って経験している人が、政治をつかさどったら、世の中少しは変わるかなという庶民のささやかな期待が、きっとあの杉村太蔵議員のような、政治はずぶの素人だがヒラリーマン出身だから私達と同じ生活をしていて痛みをわかってくれる議員?の出現に、拍手喝さいを送るのであろう。


 つまり、今の政治家に何が足りないかって言えば、この庶民感覚だろう。日常の生活の中にある痛みを経験しないで、机上の空論はやめてという庶民の悲鳴が聞こえているかどうか。聞こえていれば税金であんなに無駄づかいすることはないでしょうにね。


 
 




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