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熟年離婚した私の体験をつづっています。 そしてその後のいろんなことも....






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回想「このかぼちゃ!」。別れの朝未来を見つめて
 「このかぼちゃ!」とは、別れの朝、夫が出て行くときに言った言葉。「おれはお前より頭がいいんでね」とさげすむように言って出て行った。

 夫が出て行く日、ここまで我慢したのにと思いながら、爆発してしまい、隣近所に聞こえるような声で喧嘩別れ。どー考えても、「かぼちゃ!」と言われる筋合いはない。「どこがかぼちゃなのよ!失礼しちゃう!」でもこんなふうに喧嘩ができれば、離婚もなかったのに。ずーと無視され続け、喧嘩できる夫婦がうらやましかった。

 我慢に我慢を重ねた結婚生活も、最後の最後ぐらい笑顔でわかれようと、出て行く前日も親子家族4人揃って、お寿司をとってテーブルを囲んだのだが、やっぱり夫は何も言わない。

 「私と口はききたくなくても子供にぐらい何とか言えばいいのに」といらいらしはじめたのだが、取り繕ったようにしてもやっぱり結婚生活らしい結婚生活もなかったし、夫婦としても、親子としても、仮のすまいのような偽りの家庭生活の最後になって、仲睦まじくしようと思ってもそりゃ無理と言うもの。何も言わず黙ったまま気まずく時間だけが過ぎていく。「まあ、こどもは成人してるんだし、これが永遠の別れでもないし、こどもと会いたければ、会えるんだし」と言い聞かせて最後の晩餐は終了した。

 それまで夫の荷造りをせっせっとしたのだが、やはり私の詰めた荷物は持って行かなかった。空しさだけが残ったのだが、まあこんないらいらも、これが最後で明日からは、「新しい人生のスタートだ」と自分の心に言いきかせた。

 夫の旅立ちの朝、かぼちゃ言葉に涙でぐしょぐしょになりながら、息子に「くやしーい!かぼちゃって言われた」と怒りをぶつけてみたが笑われた。何か言い返せばよかったのに、その言葉が出てこないのが情けない。言い返せなかったからくやしさばかりが残る。だって「夫を何かにひとことに例えきれるはずがない。ひとことで言うなんて無理だ。何がいいかとあれこれ言葉をさがしているうちに、行っちゃった。ぐすん!


 「これからきっといい日になる」と、翌日夫のいないはじめての朝を迎えて思ったものだ。家を建てる。車を買う。そんな重要なことを決めるときにも夫の姿はどこにもいない。業者とのトラブルがあって私がひとりで困っているのがわかっていても何の言わない。何もしない。見かねて友人が一緒に来てくれたが、やっぱり「なんで夫婦で来ないの?ご主人はどうしたの?」と怪訝そうな目つきで見られる。

 今夫婦生活を振り返りながら、いや、やっと振り返れるようなったといったほうがいい。日記を書くということは、過去を吐き出すことだ。積もり積もった自分の過去の苦しみを吐き出すことにより、未来へと歩きだせる。心の闇から今一筋の光がさしこもうとしているように思える。

 「もう私の人生を戻ってやり直すことは無理だけど、これからの人生は過去のあやまちを繰り返さぬように」と思っている。

 ボタンの掛け違いから私も夫も一緒にこれ以上いたら不幸になるとお互いが幸福になるためにもとのスタートラインにもどったのだ。絡み合った糸をもどすことはできなかった。

 さあ、未来を見つめて行く。過去を吐き出しながら。
 

 
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