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熟年離婚した私の体験をつづっています。 そしてその後のいろんなことも....






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古風な考えの女性だ、と他の人からは言われます。



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日本人と宗教
 私の育った時代は、戦後の混乱から復興・経済成長していった時代であり、和洋折衷の古い日本と新しいアメリカからの民主主義の教育とが、調和していった時代でもあった。それは、戦後の平和な時代を反映して、少子化どころかベビーブームと高度成長に象徴された時代でもあった。

 お正月には神社へ初詣に行き、お盆やお彼岸にはお寺へお墓参りに行き、クリスマスにはクリスマスツリーを飾り、クリスマスケーキを買い、結婚式は神前や仏前であげる者もいれば教会で挙げる者もいる。そのように個人の意思や信教の自由が認められる時代になったともいえる。

 日本がかつて神道や仏教を掲げて戦争をした時は、死後神になるとか死後の世界に極楽があるとして、死の恐怖をまぎらわせるために宗教が利用され、寺社もまた、協力せざるを得なかった。

 国民を幸せにするためならいざ知らず、国民を殺すためには、神風も吹かないし、神様も仏様も喜びはしないということが教えとして残ったはずだ。宗教は心穏やかに生きるためにあるので、死ぬためにあるのではないのだ。

 日本の国の中に、あらゆる宗教が混在していて、私達、いや私はそれを自然に何の疑問も感じずに、受け入れていた。それを認めていた。だから、「他の宗教を信じると地獄に落ちる」というように、他の宗教を認めないような宗教に出会うと、「恐ろしい」と思ってしまう。こういう宗教が国を支配するとどうなるのだろうか。

 英会話を習っていた時、アメリカから来た青年が、「今、アメリカでも若者のキリスト教離れが著しく、親の世代は洗礼を受け日曜日は教会へ通っていたが、私達の世代は、生まれたときは入っていても、年頃になると、ほとんどが脱会している。ただ、政治家になろうと思ったら宗教との結びつきが必要だ。」と言っていたのを聞いて、驚いた。なぜなら、それまでアメリカ人というのは、誰もがキリスト教徒だと信じていたからだ。

 また、「ダビンチコード」を読み、キリスト教のルーツや、キリスト教といっても宗派によってさまざまだし、宗派同士の争いもあることがわかった。そしてそれが、権力に利用されていることも。

 日本では、戦後、憲法でも政教分離が定められ、宗教が権力を持ち、政治を動かすことを禁じてきた。その結果、多種多様の宗教が弾圧されることもなく存在し、我々自身も寛容になり、宗教団体の起こす事件があってはじめてその存在を知るところとなる。

 戦争中のように、神社に向かって敬礼しなかったとの密告で捕らえられたり、住民に住民を監視させることが起きたようなことが、今後起こらないとも限らない。神社がそのような役割を果たすことはもうないにしても(靖国問題も靖国論議がされているうちはその心配はないと思えるのだが)、他の宗教を認めないような宗教が権力を持ち、地域住民の情報を握るようになると、再びあのようなことな悲劇に宗教が加担することとなる。地域住民の情報を集め、住民がどのようであるかというデーター収集が行なわれたりすることも起きるかもしれない。

 国連が反対するイラク戦争に戦後はじめて日本は賛成した。その頃、どこででも個人の意見を自由に言うことが難しく息苦しさを感じた。戦争についての意見を言うとかでなく、日常の問題についても反対の意見は言うことは許さないというような。戦争に突入する時は、このように空気が変わっていくのだとも思えた。

 私の幼い頃、「人は見かけで判断するな」と教えられた。その人の考えは、意見を聞かなければわからないし、服装やわずかな言葉だけできめられるものではない。そのような判断が差別につながらないとも限らない。親子でも夫婦でも友達でも会話のなくて相手に歩み寄れない、一緒に築きあげられないことほど悲しいことはない。戦争に日本が近づき始めると、自由で楽しむファッションまでも、宗教や政治がらみになるかもしれない。国民がみな一斉に同じ格好をし、同じものを食べ、同じことをするように自然とコントロールされていくとしたら、それは恐ろしいことだ。

 「他の人と違っていい。」と思える世の中ほど平和な世の中だと思う。違う意見でも堂々と言い合って認め合えることが。私はいつもお墓参りをしたり、神社で手を合わせたりするたび、日本は平和で、その平和な日本にいられるのは過去の犠牲があってのことだと思ってしまうのだ。

 北朝鮮が日本に向けてミサイルを発射しても、それをテレビでお茶を飲みながら、人ごとのようにのんびり見ている私達だからこそ、日本は周辺アジアのどこの国々とも友好関係を維持しなければ存在し得ないと思うのだ。世界中の国々の人々と宗教を超えて、結びつかない限り平和は訪れないはずだ。
 






雑談
 暑くて、ペットと冷房のきいた部屋へ避難し、こもりっきりの日が続いています。何でこんなに暑いんでしょうね?

 昔は、道路も舗装されてなくて、雨の降った日にははねがあがって歩くのも大変だったけれども、土が太陽の熱を吸収して、地球そのものはこれほど暑くはなかったような気がします。

 部屋にいて、暑さをしのぐことはできるけれど、部屋の中が涼しくても、熱気は外へ排出してるから、ビルや車から一歩でると、ムーとしたあの暑さに耐えられないので、結局、どこもでないでこもりっきりになるのです。


 子供の頃、縁側で西瓜をほおばったり、蚊取り線香に団扇、風鈴、蚊帳をつって寝たのも懐かしく思い出されます。夏休み、朝近くの農家へ野菜を買いに行くのは、いつも子供の仕事で、買い物籠を提げて、出荷できないような曲がったなすやきゅうり、トマトを買いに行き、農家に近づくに連れて、ぷーんと野菜の匂いがして、帰って買った真っ赤なトマトを水で冷やしてからかぶりつくと、青臭い香りがしたものでした。

 
 この頃、この野菜の青くささが無性に懐かしいのです。一年中いつも季節を問わず野菜が売られていていつでもたべられるようになったものの、きれいだけれども、どの野菜も何の香りもなーんにもない。今の子供は、どうやって野菜がつくられるかも、いつの時期何がつくられるかも知らない。

 息子が、高校の体験学習で北海道の農家に泊り込み、農作業を手伝った時、収穫のあまりの大変さに、それまで残していた野菜も、残さずたべるようになり、何か育てた野菜がいとおしくおもえるようになったみたいです。大学のボランティアでも鹿児島で菊の花の栽培を手伝って、これまたあまりの忙しさに、育てて採り入れる労働の大変さが身をもってわかったようです。

 今でも、お世話になった方々の所へ、また訪ねたいと言っています。これって学校だけでは、学べない貴重な経験です。

 私は受験教育そのものを否定する気はないのです。ある時期目標に向かって勉強することは必要だし、ましてや将来職業に就くためにどうしてもくぐりぬけなければならないハードルもある。それによって覚えられた知識もある。ただ、何もかもの価値基準が、受験勉強だけになったり、それだけが教育だとなることを危惧するだけです。勉強ができるかどうかだけで人を判断するスケールしか持ち合わせなくなるということがこわいのです。

 世の中便利になって、却ってなくしたものがあるような気がします。義理とか人情とか、日本人のまじめさや努力や辛抱づよさ。戦後の60年、日本は急激に変わってしまったのですね。

 


 

宝毛
 リビングの机の上に置かれている息子の国際ボランティアのリーフレットを何気なく見ていたら、上田英司さんという人の編集後記が目にとまった。

 それは「宝毛」について書かれている文章だった。
「宝毛」とは、「俗に通常は体毛が生えない場所から生えてくる透明または白色の長い毛のこと」で、糸くずか何かと勘違いされてしまうこともあるそうだ。しかし、この体毛とは、その字の通り、「生えていると縁起がよい」とする民間伝承の言われもあり、別名「福毛」とも言われ、さらにその「宝毛」が抜けると願いがかなうと言う話もあるそうだ。そして、こう結んであった。「皆さんも、もし『宝毛』を発見されたら、縁起物ということを思い出されて下さい。」

 それを読んで私は思った。
一見無駄のように思えるものでも見方を変えればそれは貴重なものとなり、自分の気持ち次第でどのようにもなるものだと。他と違っているからみんなと違うから排除するという論理で考えれば、無駄な意味のないものになるが、見方を変えれば自分に幸運をもたらすものともなる。

 多くのいじめで問題となるのがこの見た目が違うとか、考え方が違うとかいう理由で、集団からあらゆる手段を使い追い出すことである。黙って従う者だけでまとめた方が集団はスムーズだし、使う者にとっては扱いやすい。しかし、違う意見の者をすべて排除してしまった時、その集団は弱体化する。それを支えるあらゆる種類の基盤がこの時にはすでになくなっており、基盤がなくなると同時に、指導者がいなくなるとその指導者の言う通りに動いていた者ひとりひとりはロボットと同じでしかないから、ばらばらになって収集がつかなくなってしまう。

 昔のガキ大将は、あらゆる年齢層の子供達をけんかしながらも、いざとなったときは、守れるだけの度量を持ち合わせていた。今、その度量のある指導者がどれだけいようか?つまり、けんかさせるだけさせて責任がとれて守れる指導者が。効率だけ考えれば、喧嘩もさせず、何も言わせず従わせるほうが楽である。楽だけれどその楽な道をとると、組織そのものは何のアイディアもうみだせず、常に指導者の顔色を伺いながら行動するようになる。表向きは、言うことをきいてても、裏にまわれば陰口や不満が満ち溢れる。気持ちよくその中に身を置いてる者は、上に立つごく一部の者に限られる。誰かがいじめられていても、助けて我が身に災難が降りかかるより、黙って見過ごすかその仲間に加わって一緒にいじめようとする。それが自分の生き延びる道になるからだ。臆病な指導者ばかりになると反対意見をいう者は敵とみなし、いつも盗聴器や隠しカメラを設置するようになるかもしれない。戦時中のように。

 日本が民主主義の国になるのも、軍国主義の国になるのも、指導者次第ではなく、私は国民次第なのだと思っている。テレビ番組をつくる製作者、国の政治をつかさどる為政者、公務員などなど、それぞれが同じ政党・同じ宗教団体などという枠組みにだけとらわれて仕事をしていたら、それを平等に享受すべき国民は、税金を払いながらも不公平な待遇を受けることになる。あなたは、今良心に基づいて仕事をしていますか?

 古い時代の「村八分」的意識を変えなければ、日本はいつまでも国際社会から孤立し、遅れをとることになるだろう。それまでの友好関係を築くことより、反対するものへの制裁を与えることばかりに追われる集団になるといわゆる恐怖政治のようになり、誰も何も言えなくなってしまう。何か今の政治を見ていると、時代が逆行しているように思えてならない。


息子の奨学金
 「お母さん、掲示板に番号がなかったよ。」と、昨日息子からメールが入った。申請していた息子の奨学金が通らなかったとわかって、奈落の谷につきおとされたような気持ちとはこのようなことを言うのだろう。利息のかからない日本支援機構の第一種奨学金だけの申し込みだったから、かなり厳しいとは思っていたものの、やっぱり結果を突きつけられると、涙が出てくる。

 大学を選ぶオープンキャンパスで、「この大学は、一年次の学業が優秀ならば、二年次からは奨学金が受けられる」と聞いて、成績を上げればとバイトもさせなくてもなんとかなるのではと思った。一年の成績は良が一つ残りは総て優だったが、全優でないとだめなのか、学内の奨学金は短期の30万があるだけで、申し込みは日本支援機構の奨学金だけだった。

 私達の頃は、日本育英会の奨学金があって、かなりの大学生がそれに助けられたはずだが、返済されないからか、なくなってその後引き受けたのが、日本支援機構だった。両親揃って働いてる息子の高校のときの友人や母子家庭で母親が働いている友人が奨学金をもらっていると聞いて、僅かばかりの収入しかない母子家庭なら何とかなるかなと高をくくっていたのが間違っていた。

 「アルバイトはできるだけさせないで」という大学案内のビデオの中の教授メッセ?ジだったが、それならば学内の奨学金をもうすこし充実させて欲しいと思わずにいられなかった。

 今息子は学校の帰りにアルバイトをし、終電でへとへとになり帰り、
朝起きるのもかなり辛いようで、レポートもたまり、私も気が気ではないのだが、疲れてくると息子の「お母さんも働けばいいんだ」と言葉にも言い返せないでいた。

 「奨学金が通らなかった」ことがわかって、落ち込んでしまい、もしかして死にたくなるとはこのような時かもしれないと思った。そんなとき友達にランチをご馳走してもらい、友達の病院に付き添って、それでもこみあげる涙にどうにもならなかった。励まされ買い物をして帰ったものの、離婚以来の忙しさから解放されたと思ったところに息子の通っていた英会話学校の倒産やあれやこれやで心痛もピークに達していた。

 それでも黙って聞いて励ましてくれる友達がいるだけ幸せだ。息子の大学から学生証をアイシーチップ付ビサカードにするとの通知が来ていて、息子が今日学校から帰って渡したときに、「学生証を取り上げて脅かされてキャシィングさせられたりする被害がでたりするからこんなのいらないのに。それにお金をかけるんだったら、学費を下げて欲しい」と思わずこぼしてしまった。

 昨日からの精神的疲労もあって、「お母さん、リストラに遭って、苛め抜かれて精神的にまだ立ち直れないから仕事もできないの。生きているだけいいでしょ。」と子供には言うまいと思っていたことを言ってしまった。

 一瞬空気が張り詰めてくらーくなり、お茶を入れたのに、いつもはお菓子を食べながらテレビを見ている子供が、すーと部屋へ行ってしまった。離婚したばかりでやっぱり言わなければよかったのかなと後悔するものの、どうしょうもない。

 格差社会に突入するとこんなことがますます増えてくると思った。お金のないものは大学にも行けない。奨学金などの公的補助もなくなる。病院の次の診察予約で、長いこと待たされているのに、一目で議員とわかる身なりのピシィッとした患者のところには、事務員からわざわざ出向いてきて、「いつがいいですか?」と聞いて、「私が予約しておきますから」と待たずに処理する。他の人の見てないところですればまだ憤ることもないのに。この病院の入り口にはたしか「愛の病院」とあったはずだ。

 傷ついた者は誰もが平等に愛を享受する時代はここでも終わりを告げるのかと思わずにはいられなかった。

ドメステックバイオレンス(家庭内暴力)の女性とこどもを救うためには
 区役所に行ったとき、「被害者の立場から考える ドメステック・バイオレンス&セクシャル・ハラスメント」という区の総務部人権・男女共同参画課が編集・発行している冊子が置かれてあった。

 貰って読んでみると、DVに悩む女性もかなりいることがわかった。ハラスメントもDVも近年増えてきているとはいえ、同じようなことは姿・形を変えて昔からあったであろうが、これだけブログや日記などで語られるようになったということは、女性のただ黙って耐えているだけの時代に終わりを告げるようになったといっていい。

 以下、この問題について、ブログなどで書かれているところを引用してみた。


 「ドメスティック・バイオレンス(以下DV)は、直訳すると「家庭内暴力」ですが、日本で家庭内暴力というと、子供が親に対して振るう暴力と取られがちなため、「夫や恋人からの暴力」と訳されています。

DVは、男性の年齢や教育レベル、職業に関係無く起きています。医師、公務員、教職員のなかにもDV男性は存在します。また、そういう人の多くは、地域の中で「いい人」と思われているのです。

DVは、男女の不平等な力関係から生まれます。日本においては、女性の経済的自立が、男性に比べてはるかに困難な上に、いわゆる性的役割分業(家事・育児は女の役割)が根強く残っており、夫から妻への暴力は大目に見られがちでした。」



「「夫やパートナー等の親密な関係にある(あった)男性から女性に対してふるわれる暴力」のことであるが政府の調査によれば20人に一人の女性が生命に危険を感じる程の暴力を受けていたことが報告された。
また、日本の警察の犯罪統計でも殺人事件の女性被害者の約3割が夫、内縁の夫から殺され、離婚調停を申し立てる妻の約3割が離婚理由として「夫の身体的な暴力」を挙げている

何よりも辛い事は身体に受けた傷やアザだけでなく、目に見えない心に受けた傷が被害者女性にとって一番辛く、長い時間をかけての心のケアを要する。
心理的暴力もまた身体的な暴力とほぼ同等であると考えられる」



「DVは、直接的に暴力を受ける女性だけでなく、その子供たちにも深刻な影響を及ぼします。直接父親から暴力を振るわれなくても、母親に対する暴力を目の当たりにさせられること自体が、子供に対する暴力であるということを、私たちは認識しなければなりません。
DVによって、子供に現れた症状として、以下のようなものが挙げられます。

? 父親への憎悪、恐れ
? 性格、情緒の歪み
? 不登校
? 嘔吐、おもらし、泣く、チック症状などが現れる
? ノイローゼ、自殺企図
? 子供自身が暴力を振るうようになる(いわゆる世代間連鎖)
? 無気力、無感動    など
(女性への暴力に関する調査<1997年:東京都>)

これらを見てもわかるとおり、DVから女性を守るということは、子供たちを守るということでもあるのです。


DVの種類 http:// www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/6614/dv.html

「身体的暴力」
殴る・蹴る・押す・つねる・物を投げつける・水や熱湯をかける・髪をつかんで振り回す・首を絞める・刃物を突きつける など

「性的暴力」
妻の望まないセックスの強要(不快なポーズや方法を含む)・避妊しない(妻の望まない妊娠や中絶)・ポルノの強要 など

「心理的暴力」
無視する・妻の大事にしているものを取ったり壊したりする・「別れるなら殺してやる」「死んでやる」「子供は渡さない」などと言う など

「言葉の暴力」
説教する・「お母さんが悪いから殴られるんだ」と子供に言う・「誰に食わせてもらっているんだ」と言う など

「経済的暴力」
妻の労働を嫌がる・家事に支障のないパートしかさせない・生活費を入れない・使途をチェックする・大きな買い物の決定権を渡さない など

「社会的隔離」
妻が実家や友人と付き合うのを嫌がる・電話や手紙をチェックする・妻の外出(特に夜間や休日)を有形無形に妨害する など」

 
『 「 被害の潜在化 」 ひとりでくるしんでます
暴力を受けた女性が、その被害を訴えたり、援助を求めるのはとても難しいことです。
 「愛情を前提とした関係の中で振るわれる暴力であるため、口にすることをためらう女性も多いのです。特に、被害が目に見える身体的暴力より、精神的暴力や性的暴力は、その苦しさをなかなか理解してもらうことができません。
 やっとの思いで親や身内などに相談しても、「そのくらいは、よくあることだ。」「離婚は身内の恥」などと逆に非難されることさえあります。
 このように暴力を容認したり過小評価する社会と、そこから生じる周囲の無理解が、被害女性の苦しみをさらに深め、相談することをあきらめさせ、DVを潜在化させているのです。』


「 DVを支えている性差別社会
DVの背景にあるのは、性差別社会である。つまり、経済的、社会的に男性が優位に立つ社会、女性が経済力を持つことが困難を伴う社会、子育てが女性の役割とみなされ、その労働に対して経済的価値が付与されていない社会、妻には夫を世話し支える役割があるとされている社会、男性の攻撃性や暴力性が男らしさの証と容認されている社会。このような社会意識(ジェンダー)がDVを許してきたのである。

 ジェンダー・・・生物学的性差(セックス)ではなく、社会的・文化的・歴史的に作られた性差のこと。いわゆる「男らしさ」「女らしさ」「男だったら・・・」「女のくせに・・・・」とか「妻は夫に服従するものだ」「家事や育児は女の仕事だ」という刷り込みを言う。

女性のためのシェルターとは

DVから逃れてきた女性や子供たちが、安心して心と体を休め、新たな人生を歩み出すための準備をするところです。そのためには、精神的、法的、経済的・・・に様々なサポートが必要です。
欧米では1980年代から、日本でも1990年代から、民間女性団体が積極的に取り組み、現在、国内には二十数箇所あるといわれています。」


DVから逃れるために

1  身体の危険を感じたら、警察に駆け込むか110番する。
女性相談センター(配偶者暴力相談支援センター)や民間シェルターなどの一時保護機関につないでもらう。
日頃から警察の生活安全課、女性相談センター(配偶者暴力相談支援センター)等に相談しておく。
2  生活や住居について福祉事務所に相談する。(逃げた先の福祉事務所でもOK)対応が悪くても諦めない。
3  女性センターや女性相談センター(配偶者暴力相談支援センター)、民間の相談機関やシェルターに相談する。
4  経済的に苦しくても、生活保護や、公的な母子支援の制度を利用すればなんとかなる。
5  被害の証拠をとっておく。写真(怪我の個所及び自分だとわかる写真)や、医者の診断書。日記(言葉の暴力も記録しておく)も証拠になる。 ※証拠がなくても、被害者本人の陳述書があればなんとかなる。
6  自分名義で、少しでもお金を貯めておく。なくてもなんとかなるが・・)
7  住民票を動かさないこと。住民票がなくても国民年金の受給や国民健康保険の加入、学校の転入手続などできる。
8  暴力がひどい場合、調停などは別居して、保護命令を取るなど身の安全を確保してから後にするほうがよい。過去に身体的な暴力があれば、 保護命令を裁判所に申請することができる。(6ヶ月間の接近禁止命令と家からの2ヶ月の退去命令がある)
9  信頼できる弁護士に相談する。
裁判費用が払えない場合、法律扶助協会が利用できる。
調停が困難な場合、最初から弁護士に依頼すると早い。
          「ウィメンズネット・こうべ」学習会資料より)


DVのことについてその体験と対処法については次のところにかかれているので参考にするとよい。
www.kingdom.or.jp/nanchie/html/00/09_00.html


DVは、法律(DV防止法)によって保護されている

DV防止法とは、「配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律」(平成13年制定、平成16年改正)のこと
配偶者・元配偶者による身体的暴力に対して出される裁判所の保護命令(6ヶ月の接近禁止、2ヶ月の住居からの退去、6ヶ月の同居の子への接近禁止)や、配偶者からの暴力に係る通報、相談、保護、自立支援等の体制整備による、暴力防止や被害者保護が定められている。
 

 区役所からもらってきた「被害者の立場から考える ドメステック・バイオレンス&セクシャル・ハラスメント」で、野本 律子 相談員は、この身近な人権侵害に対して、地域社会でできることは、教育と相談であると述べている。

 公的な相談窓口は、被害者の身近にあって、無料で受けられる相談機関として大きな意味があるが、しかし、まだDVについて理解の浅い社会の偏見の中で、被害者は「自分が上手くやれないから、暴力を振るわれるのだ」と思い込み、さらにパートナーから「要領が悪い、無能だなどと言われ続けているため被害者自身が持ってしまった偏見や恥として感じていることを乗り越えて相談に辿り着くまでにはかなりの勇気が必要である。

 DVは、暴力(精神的暴力を含む)を使い、相手に恐怖心を起こさせ、従わせるという「力と支配の関係」をも意味する。女性がこれまで歴史的に父親の所有物、婚姻してからは夫の所有物とされてきた歴史は、DV神話としてたくさんの人に偏見、思い込み、幻想を抱かせてきた。

 ある一定グループが他のグループを支配することを抑圧といい、ここでは、女性に対して力を持ち抑圧するグループとして、男性グループが優位に立とうとして女性を抑圧しようとすれば、DVは、被害者の個人的問題ではなく、社会的に解決すべき問題となってくる。

 もし、友人や親戚の人たちから相談されたら「あなたが悪いのではなく社会問題のひとつとして相談できる」と伝えて欲しいと述べている。
決して責めたり我慢を押し付けたりせずに温かく見守り、また行政等の専門機関への相談を勧めるなどの具体的支援をし、児童虐待と疑われるときは、通報する勇気ももつことだ。

 
 DVの相談を受けたとき、あなたにできること

1  彼女の話を信じて、聴くこと。(傾聴、受容、共感)
2  彼女の感情を受けとめる。充分話しをしてもらい、非難しない。
3 常識や従来の女性観を決して押しつけない。
4  暴力を受けている女性は「自分に落ち度があったから」と自己を責めている場合が多いので、繰り返し「あなたは悪くない」「自分を責めないで」など自己肯定できる言葉をかける。
5  彼女の問題は彼女だけの問題ではなく、社会的問題であることを認識できる助けをする。
6  DV相談機関やシェルター,法律相談などの情報を適切に提供する。
7 あなた自身の労力の限界を自分で認識する。
8 彼女を救う役割をせず、彼女自身が彼女の人生の責任を取れるよう勇気づける。
9 彼女の「戻る決断」などに自分の失望感を押しつけない。

(「ウィメンズネット・こうべ」学習会資料より)


 また、子供の様子からDV被害が見えることもあり、学校教育または社会教育の場で、DV防止地域教育プログラムやデート防止プログラムなどが教師、生徒、保護者を対象に実施されると効果がある。

 子供達は、自分の家の暴力について大人に話してもよいと伝えてもらうと、とても気持ちが楽になると言う。ひとりで抱えているのには大きすぎる恐怖だから。

 「DVは人権侵害である」として、地域がDVを許さない社会となったとき、真に男女共同参画社会が創設されるのではないかと述べている。


 女性に対する暴力専門相談先(東京都)


東京ウィメンズプラザ(配偶者暴力相談支援センター)
電話相談・面接相談予約制  5267?2455毎日9:00?21:00年末年始除く

東京都女性相談センター(配偶者暴力相談支援センター)
電話相談・面接相談予約制5261?3110月?金9:00?20:00祝日年末年始除く

警視庁総合相談センター                     
3501?0110 月?金8:30?17:15(祝日、年末年始除く)
所轄の警察署(生活安全課防犯係 警察によってはストーカーなどの相談も可

女性の人権ホットライン(東京法務局・東京都人権擁護委員連合会)
5689?0534 月?金8:30?17:00祝日年末年始除く

市町村の女性センターなどでも「女性の何でも相談」などとして相談室を開設している。




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